複業的林業のすすめ。NPO土佐の森・救援隊の取組み

今年は龍馬イヤーですね。私も今年はNHK大河ドラマを見ています。龍馬もさることながら、三菱財閥の祖、岩崎弥太郎氏のインパクト強いですよね。
「高知にきてみいや」ということで、今月は、高知に行ってきました。もう、龍馬一色。1月中旬~「土佐・龍馬であい博」が開催されています。高知駅には立派な駅舎ができ、駅前には博覧会のメイン会場もオープン。

※「土佐・龍馬であい博」 http://www.ryoma-deaihaku.jp/

国土の7割が森林なのに、木材自給率は2割程度

日本の食糧自給率が41%と先進国の中でも最も低いことは良く知られていますが、木材自給率を調べたところ、もっと低いのです。一時は20%を切ったほどでしたが、若干上向いて、それでも24%という現状です。国土の7割が森林であるにも、かかわらず、使用する木材の8割近くを輸入しているのです。

林野庁では、森林の機能として洪水などの災害防止、水源かん養、生物多様性保全や地球温暖化防止などを挙げ、国民の経済や生活の安定に欠くことのできない「緑の社会資本」と位置づけています。

1950年代には9割程度の自給率でしたが、64年の木材輸入自由化を境目に低下の一途をたどり、2000年には18.2%にまで落ち込みました。輸入木材に押され、国産材の需要が減ると、山林の経済価値は下がり、森林の成長に応じて木を間引く間伐さえ十分にできない状態になってしまいました。日本の森の三割が、倒木や土砂崩れなど深刻な被害に見舞われています。森が荒れれば森林の持つ多様な機能も損われます。人手が加わらないことで、森林は危機に瀕しているわけです。

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山の表層が崩れ落ちる(写真は全て:土佐の森・救援隊)


森林ボランティアを組織化

高知県は、森林面積が84%と全国一の森林比率で、2007年度の森林面積は約59万7千ヘクタール。そのうち、約29万9千ヘクタールが人工の民有林で、間伐が必要な森は54%にものぼります。県は、山林を集約化した大規模林業を推進し、約100ヘクタール以上を「森の工場」と認定してきました。

ところが、県内の林家約25000戸のうち、所有面積が1~3ヘクタールの小規模林家が約半数あり、高齢化していたり、長年の放置で所有者の境界線が不明であったり、なかなか集約化が進まないのも実情です。

そんな中、高知県中央部、土佐和紙発祥の地として知られる いの町のNPO法人「土佐の森・救援隊」がユニークな取組みをしています。2003年に、森林ボランティアによる森林の整備保全活動(間伐、植樹、近自然作業道の整備等)、グリーンツーリズム活動、その他森林・林業関係のイベント(森林・林業の研修会、講習会、都市と山村の交流会、ボランティア祭り、ログハウス教室等)を実践してきました。2003から4年間で、のべ162回のイベントを開催し、3,842人が参加しました。


◆ 合い言葉は「C材で晩酌しよう」

NPOの事務局長を務める中嶋さん(48歳)は、30代前半まで東京で勤め、その後Uターンし、活動に参加するようになりました。
会員やボランティアのメンバー約90人は、自分の都合の良いときに間伐や搬出作業に参加します。参加者には作業量に応じて「モリ券」という地域通貨が配られます。1枚1,000円相当で、地域のスーパーや飲食店、ガソリンスタンドなど約30か所で使うことができます。収入は月一人数万円、中には10万円を超える人もあります。08年度は約400万円分が使われました。原資は、搬出した木材の販売収入です。A・B材は原木市場へ、C材(端材や切り株、傷ついた材木など)はトン当たり3,000~5,000円で隣町のバイオマス発電施設へ原料として出荷しています。

山に放置されていた林地残材(りんちざんざい)や、端材など住民や会員が軽トラックなどで運び、バイオマス発電施設の原料として利用されるこの仕組みは、「第8回高知エコ産業大賞」(2009年3月、エコデザイン協議会主催)を受賞しました。森林整備が進み、お金は地域で、地域資本のお店を中心に使われます。副業的にちょっとした収入になりますので、「C材で晩酌代を稼ごう」が合い言葉になっているのです。

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C材を運ぶ軽トラックの行列ができる


◆ 副業型林家の育成

地域には、兼業農家がたくさんいますが、林業をする人はほとんどいません。以前は当たり前だった「自分の山は自分で管理する」ということを、今一度、取り戻す活動にも取り組んでいます。これこそが、山村振興・森林環境保全の礎になるとの信念からです。本業を持ちながら、副業で森の手入れをする人を増やそうと、同NPOは"副業型林家"の育成にも力を入れています。森林から木を搬出する機械は高性能の大型機械ですと数千万円もしますが、救援隊が考案した「土佐の森方式軽架線(けいかせん)」と呼ぶ、ワイヤーとウインチで木を林道まで運び出す機具のキットは20万円(ウインチ別)です。3~7人で一日(5h)に5m3程度の木を搬出することが可能です。

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ワイヤーとウインチで木材を運び出す

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土佐の森方式軽架線キット

この簡単な機具や、改めてチェーンソーの使い方を学んでもらい、副業型林家を育成したい、それが健康な森をつくることにつながる、と常々中嶋さんが考えていたところ、県に提案する機会が訪れました。県は、専業での大規模集約型と、小規模の副業型を森づくりの両輪と位置づけ、今年度初めて養成塾を補助事業として予算化(約230万円)したのです。

「少ない投資でしたら始めやすく、止めることも可能です。農家は農閑期に、サラリーマンは土日に森の手入れをすることができます。それによって、生物多様性や水源涵養機能のある、豊かな森づくりが進むのです。」と中島さん。

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100年後を考える森の仕事

中山間地域では、副業ならぬ、"複業"が適しているのではないでしょうか。先月訪れた宮崎県の諸塚村でも、家族で森の仕事をしながら、お茶やシイタケを作り、牛を飼うという農林畜複合経営が行われていました。組合わせる産物は地域によって異なるのでしょうが、農林複合型や、サラリーマン&林複合型、商林、工林など、いろいろな組み合わせが考えられますね。複業は福業!幸せな働き方だと思うのは私だけでしょうか。

NPO土佐の森・救援隊のしくみは今、各地で導入され始めています。同じような状況の各地の農山村に適した方法だからなのでしょう。

村全体がFSC認証林の宮崎県諸塚村(もろつかそん)

◆ 「山村再生全国研修会」開催される

ここのところ、山村関連のご縁が続きます。2月25・26日と東京で開かれた「山村再生全国研修会」で、事例報告やビジネス研修を務めさせていただきました。また、来週末(3/6)は、浜松市(天竜壬生ホール)で開かれる「まち・もりシンポ「都市×森林=∞」で、トークショーやシンポジウムの進行役を務めます。これに先だち、登壇者のお一人で、直木賞作家三浦しをんさんの『神去(かむさり)なあなあ日常』という小説を読みました。高校卒業と同時に三重県の山奥の村に送り込まれた青年の、1年にわたる林業体験や、山で暮す人々との交流を描いた作品です。宮崎駿さんも本の帯を書かれていますが、『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』ファンの私にとっては、宮崎映画を見ているような感じでした。

さて、「山村再生研修会」の研修テキストを作成するために、何カ所か山村を訪問させていただいたのですが、その一つが、宮崎県諸塚村でした。林業で元気な山村づくりを続けています。昨年10月現地を訪問し、諸塚村企画課長で「諸塚村産直住宅推進室事務局長」兼「諸塚村観光協会事務局長」の矢房孝広さんにお話をうかがいました。矢房さんは、建設会社で10年勤務した経験を持つ一級建築士でもあります。

ちなみに、この「山村再生全国研修会」というのは、林野庁補助事業「平成21年度山村再生総合対策事業」の一環で行われたもので、全国から約100名の関係者が参加されました。

※山村再生全国研修会 http://www.sanson-saisei.com/kenshu/point.html

参加されている方々が各地で取り組んでいる活動は、林業やバイオマスのような森林資源を活かした事業はもちろんですが、大学生が中山間地の棚田の米をWEBサイトで販売するプランや、間伐材と組子技術を活用した組み立て家具、森林セラピーや温泉・野草・薬膳料理などの健康増進、園舎を持たず森の中で子供を養育する「森のようちえん」などなど、"森の恵み"を活かした興味深い取組みが沢山あり、またまた感激していました。

※山村再生取組み事例 http://www.sanson-saisei.com/jirei/yamajikara/ichiran.html#hito
 

◆ 諸塚村 森林認証林による家づくり推進

宮崎県東臼杵郡諸塚村は、九州山脈中央に位置する面積18,759ha、人口1900人700世帯の山村です。宮崎空港から車で2時間半位。95%が山林、88の集落が点在しています。1907(明治40)年に"林業立村"を村是で宣言した村です。1948(昭和22)年から、16の公民館(建物ではなく、集落単位の組織)と呼ばれる組織ができ、行政とは別に相互扶助の地域社会運営体制があります。

山林のほとんどが民有林で、国の森林政策では針葉樹の一斉造林が進められましたが、諸塚村では適地適木の造林を行い、針葉樹と広葉樹を混植し、今では山は"モザイク林相"となっています。中規模林家20~30haが多く、家族経営で、シイタケ、茶、牛という"諸塚型複合経営"が営まれています。

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山間に点在する集落。山裾に広がる茶畑

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林間放牧されている牛

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シイタケ栽培発祥の地。原木栽培100%


◆ 産直住宅 累計で210棟に 

村は、1995(平成7)年に、(財)ウッドピア諸塚を設立し、林業技術者集団を第3セクター化しました。
翌年、「産直住宅プロジェクト」が始まりました。役場、森林組合、設計士、工務店などが共同で"産直住宅"に取り組みます。1997(平成9)年から、"産直住宅"の供給が開始され、2009年12月末現在、累計で210棟が九州圏内に建てられました。リーマンショック以降も、特に影響を受けることはなく、今年度も30棟できたといいます。
 
産直住宅のこだわりは、単に地域の木材を使うことだけではありません。伐り旬を守り、山に葉をつけたまま寝かして乾燥させる、昔ながらの"葉枯らし乾燥"を行っています。

2004年11月にはFSCを取得しましたが、村全体での取得は日本初です。今では村役場内に、村産FSC材でできたベンチなど、材の実物を見ることが出来るコーナーがあります。また、諸塚村で生まれたシイタケは、FSCのCoC認証(流通の認証)も取得しています。

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地元の材を使ったベンチ。FSCの刻印も

目標は年間14000立米の1割1400立米を産直住宅に出すことで、一棟に約20立米使うので50棟程度に相当します。同村の産直住宅は九州限定です。その理由は、①輸送に伴う環境負荷 ②身土不二 ③見に行ける範囲という3つです。「小さな経済、小さなネットワーク。地産地消が基本で、全国各地にそういうものができればいい。」と矢房さんは言います。

そして、今日ではウッドピア諸塚の職員は事務職を含めて23人になりました。林業作業だけでなく、農林畜産物の開発・販売なども行っています。20代4人、30代8人で、平均年齢が28.4歳と若者が多いことも特筆すべきでしょう。

※諸塚村産直住宅 http://www.vill.morotsuka.miyazaki.jp/10jyutaku/10jyutaku.htm


◆ 密度の濃い交流で地域を盛り上げていきたい

諸塚村では、この10余年、都市部の人々との交流にも力を入れてきました。97年から開始した「木材産地ツアー」を皮切りに、98年~「山林塾」、98年に築130年の古民家を山村体験宿泊施設「やまぎしの社」として整備しました。一泊3,000円で30人が泊まれます。そこを拠点に99年~「諸塚型オリジナルエコツアーを開始しました。

2001年には、交流拠点を「エコミュージアムもろつか しいたけの館21」としてリニューアルオープンするなど、交流活動に力を入れてきました。木材産地ツアーはこれまでに60回も開催されています。

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山村体験宿泊施設「やまぎし社」

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囲炉裏のある広間

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土間にはかまど、使い勝手の良さそうな調理台

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現代風五右衛門風呂?ちなみにトイレは洋式

近隣の高千穂町は観光ブームで去年は150万人が訪れたそうですが、道路は渋滞し、食堂は混んでいますが、土産物は地域外のものが多く、客単価も低く、必ずしも地元経済への貢献は多くないといいます。
 
矢房さんは、「諸塚村の年間の交流人口は6万人と決して多くはないが、そのうち1500~2000人はしっかり交流できている。それぞれが、10,000円を地域で使えば2,000万円の経済効果になります。これが1万人になれば1億円になるんです。」と言います。
確かに、諸塚村産の木材で家を建てた人にとって、諸塚村を第二の故郷のような思いで何回も訪問する家族が少なくないのでしょう。

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※交流拠点「エコミュージアムもろつか しいたけの館21」
http://www.vill.morotsuka.miyazaki.jp/08mori/08_01.htm


◆ カーボンオフセットJ-VER制度に登録

昨年から注目を集めている国内の森林由来のクレジットJ-VERは、新たな施業により追加的に発生する年間生長量に応じたCO2吸収量をカーボンオフセットのクレジットとして認めるものです。これまでに、全国各地で20のプロジェクトが登録されています。諸塚村も昨年12月に「諸塚村森林炭素吸収量活用プロジェクト」が登録されました。並行して「カーボンオフセット住宅推進委員会」も設置し、木造住宅の炭素固定量の評価手法を開発しているところです。

「FSC認証やJ-VER制度を通じた資金環流と信頼性の高い森づくり、ウッドピア諸塚などによる林業の後継者づくり、そしてユーザーとの顔の見える関係での家づくりで、持続可能な環境共生の村づくりを今後も続けていきます」と矢房さんは熱く語ってくださいました。

※諸塚村ホームページ http://www.vill.morotsuka.miyazaki.jp/index.htm

「森林ノ牧場 那須」―自然放牧された牛たちが、ゆったりを草をはむ-

◆ 24時間365日 自然放牧の牛

昨年7月に、栃木県那須町に「森林ノ牧場」がオープンしました。那須は全国有数の酪農地帯であり、また御用邸があるなど、昔から別荘地として人気を得てきたエリアです。牧場へは、高速道の白河IC(東京から約180km。福島県西鄕村)が最寄りで、福島と栃木の県境に位置しています。そこに広がる8haの森林が牧場の敷地です。広葉樹の森林は、適度に間伐され、地面に日差しが良く届いています。現在、ジャージー種の牛10頭と子牛たちが暮しています。一般的な酪農のケージ飼いに比べて、ずいぶんゆったりした飼い方ですね。

訪ねた日は1月下旬の日曜日の午後でしたが、森の奥の方の日なたの藁の上で、柔らかい日差しをうけながら、牛たちは昼寝をしているところでした。ブラッシングしているわけでもないのに、どの牛もけっこう毛づやが良く、平和な光景でした。

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森で自然放牧されている牛たち

牛舎はありますが、搾乳の時にしか使いません。ふだん、冬も夏も、夜でも牛たちは森の中で暮しているのです。夏場は牧場に生えている草や木の葉を食べ、冬にはサイレージ(牧草をサイロなどで発酵させたもの)を与えますが、もちろん無農薬の牧草から作られた飼料です。糞は森でするので掃除する必要もありません。森林の堆肥になったり、近くの農家が肥料に活用するなどしています。


人肌程度に温めたウォームミルクは優しい味が

去年の暮れ、埼玉県小川町の霜里農場の牛乳をホットミルクでいただく機会がありましたが、その牛乳とこの「森林ノ牛乳」は同じ味がしました。ホットミルクと言っても人肌程度に温めるのが私の好みでして。その方が牛乳本来の甘さが引き立つように感じます。このように自然の飼料を食べている牛の乳には季節によって変化があります。夏はさらっと薄めで、冬はコクのある濃厚な味になります。工場で均質化された牛乳とはちょっと違う味です。野菜の味が季節で変わるように、牛乳も本来は季節によって味が変わるんですね。なるほど。

日本の乳牛は飼料効率(与える飼料に対する牛乳の生産量)の良いホルスタインが主流で、一日一頭から60kgの乳が搾られているといいます。「森林ノ牧場」で飼われているジャージー種は、体はやや小ぶりで、牛乳の量も一日10kg程度ですが、乳脂肪分の高い牛乳を出します。

牛乳の殺菌方法は主に3種類あります。63~65度で30分殺菌するパシチャライズ(低温保持殺菌法)、72~85度で15~40秒の高温短時間殺菌法、そして120~135度で1~3秒の超高温短時間殺菌法というもの。80度を超えるとタンパク質が熱によって変成します。スーパーなど日本の一般の小売店で売っているものは、超高温短時間殺菌の物がほとんどです。(世界では、二番目の高温短時間殺菌が主流です。)

森林ノ牧場では、63度で30分という低温保持殺菌法を採用しています。ちなみに私が普段利用している「生活クラブ」の牛乳(「パスチャライズド牛乳」という商品名)も、72度15秒間殺菌で、その乳牛は、100%非遺伝子組み換え、ポストハーベストフリー飼料を食べて育っているそうです。

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乳製品、林業、ツーリズム

「森林ノ牧場」では、取れた乳を牛乳、アイスクリームなどに敷地内の工場で加工して販売しています。牛乳は500ml(630円)、120ml(250円)、カップ入りのアイスとソフトクリームがありますが、いずれも350円です。商品は全て牧場内のカフェでいただくことができますが、牛乳とアイスは新宿の伊勢丹やインターネットでも購入することができます。

牧場内には散策路もありますので、歩きながら子牛に触れることもでき、小さなお子さんに大人気。(大人にも人気です。)私が訪問した日曜日も、小さなお子さん連れの家族が途切れることなく訪れていました。

まだまだユニークな取り組みがあります。ストローベイルハウスという、藁を使った建物や、塀があり、お客様参加型のワークショップなどを通じて作られました。来訪者は地域の人はもちろん、別荘に住んでいる方や、東京などからもいらっしゃいます。

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イベントなどにも使われる"蔵"外壁の一部がストローベイル

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カフェ店内に収穫された雑穀がディスプレイ
国産材を使った家具はグループ会社「木薫(もっくん)」製のもの

現在、タカキビやアワなど雑穀や大豆の生産にも挑戦し、安全で美味しい食材を生産するとともに、収穫後の茎葉を牛の飼料とするなど、さらに循環型の牧場にしていこうという取組を進めているそうで。地域の力を引き出し、魅力づくりをする拠点となりそうですね。


"つながり"を事業化

同牧場を運営するのはアミタという会社です。アミタは1977年に創業され、工場などから排出される亜鉛など非鉄金属を再資源化するリサイクル事業を行ってきました。その後、環境リスク対策、農林水産業、エネルギー、食といった様々な分野で「循環型システム」を作り、事業化に取り組まれています。「森林ノ牧場」事業も、地域の農林資源と、地域の人や、都会の人との"つながり"を紡ぎ直すプロジェクトと言えるでしょう。

季節は移ろいます。四季折々の牧場の様子、牛や森の様子を見に行ってはいかがですか?
ジャージー牛は目が大きくて、茶色の毛、子牛もとってもかわいいです。牛や自然とのふれあい、ワークショップなど環境学習や体験プログラムが今年も色々実施されるようですよ。


※「森林ノ牧場」(京都府京丹後市にもあります。)
 http://www.shinrinno.jp/contents/farm/nasu.html

土づくり、人づくり39年。「霜里農場」農場主 金子美登さん(埼玉県小川町)

今年このコラムでは、兵庫県豊岡市の「コウノトリ育む農法」や、関西の遊休農地を活用する新ビジネス「マイファーム」などを紹介してきました。マイファームは、今年の「エコジャパンカップ」ビジネス部門 環境ビジネス・ベンチャー オープンで、で堂々大賞を受賞されました。エコの賞で農業関連の事業が受賞することも時代を現わしていますね。おめでとうございます。

※受賞一覧は以下からご覧いただけます 
http://www.eco-japan-cup.com/info/data/66_1.pdf

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さて、今年最後のレポートは関東、埼玉県小川町からお届けします。
埼玉県小川町は都内から約50キロ、池袋から東武東上線で70分。その人口3万人の町に、緑あふれる循環型の「霜里農場」があります。そこで農業を営む金子美登(よしのり)さんは、39年農薬も化学肥料も使わない農業を行ってきました。

酪農家の家に生まれ育った金子さんが、有機農業を始めたのは今から39年前の1971年のことでした。農業高校で畜産を学び、1968年に設立された農林水産省の農業者大学校に1期生として入学しました。1970年代初頭は水俣病など公害が問題になり始めていた頃で、『複合汚染』(有吉佐和子さん著)が朝日新聞の新聞小説覧に連載されたのは1974年のことでした。また、1970年は日本で"減反政策"が始まった年でもありました。金子さんは、この時、「農家はやる気を無くし、人々は米を大切にしなくなる」と思いました。

こうした中、安全でおいしいものを作るためには、化学肥料や農薬を使わず、自然の有機的な循環を活かして農業をすることだと思い至りました。そして、それまでも酪農の傍らで自給していた米と野菜を化学肥料や農薬を使わずに栽培し、直接消費者に届けよう、理解ある消費者と共に、有機農業による地産地消をすすめていこうと、一歩を踏み出したのです。

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変わり者が時代の主役に

しかし、当時は農薬を使わない農家は変わり者扱いされ、一人黙々と有機農業を続けるしかありませんでした。そして、支えてくれる消費者との出会いを重ね、生計が成り立つようになったのは8年後のこと。「日本有機農業研究会」で出会った友子さんと結婚しました。結婚式の主賓は、美登さん側が有吉佐和子さん、友子さん側が市川房枝さんでした。

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現在の「霜里農場」は、1.3haの農場の敷地内に畑、果樹園、母屋や納屋があり、百数十羽の鶏、合鴨、6頭の牛などが飼われています。四季を通じて多様な作物が栽培され、虫も益虫・害虫がバランス良く棲息し、牛や鶏、合鴨が鳴いています。そして近くに1.5haの田、1.7haの山林があります。

米、野菜、卵を定期的に40世帯の消費者に直接届けるという方法を取っています。その人たちに支えられ、また、その人たちの食を支えるという信頼関係がそこにあります。人とのつながりもまた有機的なのです。そして、金子さんは、「日本の食糧自給率を上げるには、このように農家が直接数十世帯の食を支えるような仕組みを作ることで可能だ。」と言います。

2006年12月に、日本でもようやく「有機農業推進法」が制定されました。変わり者の農業だった有機農業を、国として振興させていくという政策の転換です。有機農業の輪は各地に広がっています。そして、戦後60年かけて壊してきた自然や生態系、人と人との信頼などを、これからの10年、20年をかけて再生させる取組みでもあるのです。「自分たちで壊してきたのだから、そのプロセスの逆をすればいい。方法はわかっている。」と金子さんは言います。


有機の里が実現

金子さんが有機農業を始めて30年目の2001年、下里地区の16歳年上のリーダーが有機農業に転換したいと言ってきました。そこで、03年に大豆の集団栽培を、04年には小麦を、そして2007年には集落の大半の農家が有機米づくりに転換したのです。大豆は隣町の「とうふ工房わたなべ」が全量買い取っています。そして今年からお米についても大宮に本社があるリフォーム会社「オクタ」が社員のために全量買い取りをすることになりました。39年前に金子さんが一人で始めた有機農業でしたが、ようやく日本ではきわめて珍しい有機の里の実現が実現したのです。

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農家と市民が共同で運営するレストランもオープン

また、今年11月には地元で活動するNPO「生活工房つばさ・游」が「べりカフェ」( http://blog.goo.ne.jp/seikatukoubou_1953 )というレストランを開きました。農家と市民(女性が中心です)が一緒に運営にあたっています。農家は金子友子さんや、「風の丘ファーム」など、シェフは日替わりで料理やお菓子上手な主婦の方達が交代で務めています。水曜だけは近くのニュータウンで蕎麦屋を営むプロで、黒一点。いずれも、小川の野菜をふんだんに使ったメニューばかりです。特に土曜は「霜里農場」担当日ですが、TKG(たまごかけごはん)セット400円がお勧めです。飼料も全て自家製で平飼の鶏の産みたての卵。ご飯、お味噌汁の味噌、具の野菜、お醤油の原料ももちろん霜里農場製です。39年間、コツコツと、つくり続けられてきた"土"から育まれた野菜や卵の滋味をぜひ味わってみて下さい。

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私は今年1月の「霜里農場」見学会に参加しました。それ以来、毎月のように小川町に通い、ついには「霜里農場」の本まで書くことになり、取材を重ねているところです。30年来提携してきた消費者の方や、30年前から毎年預かってきた研修生、地元の豆腐店や酒造、さらに土壌の専門家や、有機農業運動を行ってきた人達などにお目にかかっています。いずれも、ジ~ンと来る話ばかりです。そして気持ちがジワ~っと温かくなりました。『複合汚染』まで遡って読み直してみたり・・・ ちょっと大げさですが、これからの農業そして、これからのしあわせについて、書きたいと意気込んでいます。

※この金子美登さんがNHK「プロフェッショナルの仕事の流儀」に2010年1月5日登場します。

※奇数月の第2土曜日、霜里農場見学会があります。次回は1月9日です。お申し込みは以下から。
 http://www.shimosato-farm.com/

「コウノトリ育む農法」で作られた米、大豆で農商工連携。地域の魅力を育む

「豊岡エキシビション」というイベントが、11月10日に都内で開かれました。兵庫県豊岡市のPRイベントです。豊岡は兵庫県といっても、日本海側で、京都との県境に位置する人口8.6万人の町です。イベントには中貝市長以下、市役所や兵庫県の職員、農家、漁業、温泉などの関係者が参加し、その取組みを熱心にアピールされました。コウノトリ育む農法で作られたお酒などをはじめ、城崎温泉や、地元の産業を、東京のメディア・旅行業・小売業関係者に改めて紹介し、関東圏からも人を呼び込みたいというのです。

豊岡市は、飛行機では羽田→伊丹→コウノトリ但馬空港というルートで約2.5時間。列車では新幹線で京都、京都から特急で豊岡と約5時間で行くことができます。

中貝市長のスピーチで、まず印象的だったのは、「人口減少時代に地域が生き残るに必要なのは
1. 魅力的なまちをつくる
2. 基盤をつくる
3. 情報発信」
だということでした。

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豊岡市の魅力をアピールする中貝市長

その魅力的なまちづくりとして同市では、コウノトリの復活を何十年もかけて成し遂げたわけです。
※コウノトリ復活のストーリーは8月のレポートをご覧下さい。
http://soratsuchi.com/owada/2009/08/post-6.html

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昭和30年代のコウノトリのいる風景


コウノトリを見るために全国から(特に関西圏から)年間40万人を超える人がやってきます。まずは、この交流人口の増加という効果をもたらしました。

そして、コウノトリ育む農法で作られたお米や、それを原料にしたお酒、加工食品を作りました。地元の酒造が中心ですが、中には金沢の福光屋なども「コウノトリの贈り物」というお酒を造っています。国内で唯一、豊岡市出石町でとれる酒米「フクノハナ」を原料としています。お酒のラベルも赤い円に、コウノトリをあしらったデザインで、お祝い事にはぴったりな感じです。
http://www.fukumitsuya.co.jp/topics/kounotori/

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「コウノトリの贈り物」(福光屋)

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お米だけでなく大豆も色々加工ができます。大阪に本社のある外食チェーンの「がんこ寿司」では、今年から「がんこ寿司の大豆畑」を契約し、黒大豆で豆腐を作り、売店「コウノトリ本舗」での販売や、「がんこ寿司」のメニューとして販売しています。共感の輪が広がっているのですね。

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また、豊岡市で宿泊するなら城崎温泉がお勧めだそうです。木造三階建ての建物が並ぶ温泉街ですが、大正14年の大震災で町が全焼したそうです。その後まちとして再建計画を練り、温泉街全体を一つの旅館と見立て、駅は玄関、道路は廊下、外湯(7つ)が大浴場、お土産店が売店、スナックも町中にというように、お客様が巡りやすいまちづくりを行いました。そぞろ歩きしたくなる温泉街として町は賑わい、ヨーロッパの人たちにも人気だと言います。城崎温泉の宿でも、コウノトリのお米やお酒が飲める宿が増えているそうです。地域の農産物が食材として使用される宿、農家民宿だけでなく、こうした一般の宿でも増えてきたのは何よりでは無いでしょうか。

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城崎温泉街(写真提供:豊岡市)

このように、豊岡市は、失われた大切なものを取り戻し、そして取り戻した大切なものを守り、育て、引き継ぐ地域づくりを進めているのです。今では子供達も、自分が住む町にコウノトリがいることを誇りにしています。給食にも使って欲しいと市長に直談判するほどです。

「空土プロジェクト」もそうですが、地方の農山村発、地域の農産物や特産品、地域にしかない自然・・・
都市より農山村が断然面白くなってきた、と思うのは私だけでしょうか!?

都市と農山村をつなぐ 空と土プロジェクト
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プロフィール

大和田順子さん

LOHASビジネスプロデューサー/
LBA(ロハスビジネスアライアンス)共同代表/
NPO環境立国 理事

東急百貨店、東急総合研究所、ザ・ボディショップ、イースクエア等を経て2006年4月に独立。
低炭素で持続可能な社会の実現に向け、人・地域・地球の健康を指向する新しい価値観LOHAS(ロハス)の考えに基づき、講演・研修や執筆、コンサルティング、NPO活動を通じて、ライフスタイル・ビジネス・社会の変革に情熱を注いでいます。

LOHAS & Sustainable Style

最新のエントリー
複業的林業のすすめ。NPO土佐の森・救援隊の取組み - 2010.03.11
村全体がFSC認証林の宮崎県諸塚村(もろつかそん) - 2010.02.28
「森林ノ牧場 那須」―自然放牧された牛たちが、ゆったりを草をはむ- - 2010.01.27
土づくり、人づくり39年。「霜里農場」農場主 金子美登さん(埼玉県小川町) - 2009.12.20
「コウノトリ育む農法」で作られた米、大豆で農商工連携。地域の魅力を育む - 2009.11.24
都市近郊の遊休農地を再生する「株式会社マイファーム」 - 2009.10.28
"根のある暮らし"から始まる新しい文化・地域 -石見銀山「群言堂」(島根県大田市大森町) - 2009.09.26
コウノトリが空を舞い、人々と共生する田園 (兵庫県豊岡市) - 2009.08.31
カンザス州ローレンス市 有機農家訪問記 -合い言葉はローカル&オーガニック!  - 2009.07.19
オーガニックコットンの種を蒔く - 2009.06.25
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