「森林ノ牧場 那須」―自然放牧された牛たちが、ゆったりを草をはむ-

◆ 24時間365日 自然放牧の牛

昨年7月に、栃木県那須町に「森林ノ牧場」がオープンしました。那須は全国有数の酪農地帯であり、また御用邸があるなど、昔から別荘地として人気を得てきたエリアです。牧場へは、高速道の白河IC(東京から約180km。福島県西鄕村)が最寄りで、福島と栃木の県境に位置しています。そこに広がる8haの森林が牧場の敷地です。広葉樹の森林は、適度に間伐され、地面に日差しが良く届いています。現在、ジャージー種の牛10頭と子牛たちが暮しています。一般的な酪農のケージ飼いに比べて、ずいぶんゆったりした飼い方ですね。

訪ねた日は1月下旬の日曜日の午後でしたが、森の奥の方の日なたの藁の上で、柔らかい日差しをうけながら、牛たちは昼寝をしているところでした。ブラッシングしているわけでもないのに、どの牛もけっこう毛づやが良く、平和な光景でした。

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森で自然放牧されている牛たち

牛舎はありますが、搾乳の時にしか使いません。ふだん、冬も夏も、夜でも牛たちは森の中で暮しているのです。夏場は牧場に生えている草や木の葉を食べ、冬にはサイレージ(牧草をサイロなどで発酵させたもの)を与えますが、もちろん無農薬の牧草から作られた飼料です。糞は森でするので掃除する必要もありません。森林の堆肥になったり、近くの農家が肥料に活用するなどしています。


人肌程度に温めたウォームミルクは優しい味が

去年の暮れ、埼玉県小川町の霜里農場の牛乳をホットミルクでいただく機会がありましたが、その牛乳とこの「森林ノ牛乳」は同じ味がしました。ホットミルクと言っても人肌程度に温めるのが私の好みでして。その方が牛乳本来の甘さが引き立つように感じます。このように自然の飼料を食べている牛の乳には季節によって変化があります。夏はさらっと薄めで、冬はコクのある濃厚な味になります。工場で均質化された牛乳とはちょっと違う味です。野菜の味が季節で変わるように、牛乳も本来は季節によって味が変わるんですね。なるほど。

日本の乳牛は飼料効率(与える飼料に対する牛乳の生産量)の良いホルスタインが主流で、一日一頭から60kgの乳が搾られているといいます。「森林ノ牧場」で飼われているジャージー種は、体はやや小ぶりで、牛乳の量も一日10kg程度ですが、乳脂肪分の高い牛乳を出します。

牛乳の殺菌方法は主に3種類あります。63~65度で30分殺菌するパシチャライズ(低温保持殺菌法)、72~85度で15~40秒の高温短時間殺菌法、そして120~135度で1~3秒の超高温短時間殺菌法というもの。80度を超えるとタンパク質が熱によって変成します。スーパーなど日本の一般の小売店で売っているものは、超高温短時間殺菌の物がほとんどです。(世界では、二番目の高温短時間殺菌が主流です。)

森林ノ牧場では、63度で30分という低温保持殺菌法を採用しています。ちなみに私が普段利用している「生活クラブ」の牛乳(「パスチャライズド牛乳」という商品名)も、72度15秒間殺菌で、その乳牛は、100%非遺伝子組み換え、ポストハーベストフリー飼料を食べて育っているそうです。

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乳製品、林業、ツーリズム

「森林ノ牧場」では、取れた乳を牛乳、アイスクリームなどに敷地内の工場で加工して販売しています。牛乳は500ml(630円)、120ml(250円)、カップ入りのアイスとソフトクリームがありますが、いずれも350円です。商品は全て牧場内のカフェでいただくことができますが、牛乳とアイスは新宿の伊勢丹やインターネットでも購入することができます。

牧場内には散策路もありますので、歩きながら子牛に触れることもでき、小さなお子さんに大人気。(大人にも人気です。)私が訪問した日曜日も、小さなお子さん連れの家族が途切れることなく訪れていました。

まだまだユニークな取り組みがあります。ストローベイルハウスという、藁を使った建物や、塀があり、お客様参加型のワークショップなどを通じて作られました。来訪者は地域の人はもちろん、別荘に住んでいる方や、東京などからもいらっしゃいます。

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イベントなどにも使われる"蔵"外壁の一部がストローベイル

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カフェ店内に収穫された雑穀がディスプレイ
国産材を使った家具はグループ会社「木薫(もっくん)」製のもの

現在、タカキビやアワなど雑穀や大豆の生産にも挑戦し、安全で美味しい食材を生産するとともに、収穫後の茎葉を牛の飼料とするなど、さらに循環型の牧場にしていこうという取組を進めているそうで。地域の力を引き出し、魅力づくりをする拠点となりそうですね。


"つながり"を事業化

同牧場を運営するのはアミタという会社です。アミタは1977年に創業され、工場などから排出される亜鉛など非鉄金属を再資源化するリサイクル事業を行ってきました。その後、環境リスク対策、農林水産業、エネルギー、食といった様々な分野で「循環型システム」を作り、事業化に取り組まれています。「森林ノ牧場」事業も、地域の農林資源と、地域の人や、都会の人との"つながり"を紡ぎ直すプロジェクトと言えるでしょう。

季節は移ろいます。四季折々の牧場の様子、牛や森の様子を見に行ってはいかがですか?
ジャージー牛は目が大きくて、茶色の毛、子牛もとってもかわいいです。牛や自然とのふれあい、ワークショップなど環境学習や体験プログラムが今年も色々実施されるようですよ。


※「森林ノ牧場」(京都府京丹後市にもあります。)
 http://www.shinrinno.jp/contents/farm/nasu.html

土づくり、人づくり39年。「霜里農場」農場主 金子美登さん(埼玉県小川町)

今年このコラムでは、兵庫県豊岡市の「コウノトリ育む農法」や、関西の遊休農地を活用する新ビジネス「マイファーム」などを紹介してきました。マイファームは、今年の「エコジャパンカップ」ビジネス部門 環境ビジネス・ベンチャー オープンで、で堂々大賞を受賞されました。エコの賞で農業関連の事業が受賞することも時代を現わしていますね。おめでとうございます。

※受賞一覧は以下からご覧いただけます 
http://www.eco-japan-cup.com/info/data/66_1.pdf

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さて、今年最後のレポートは関東、埼玉県小川町からお届けします。
埼玉県小川町は都内から約50キロ、池袋から東武東上線で70分。その人口3万人の町に、緑あふれる循環型の「霜里農場」があります。そこで農業を営む金子美登(よしのり)さんは、39年農薬も化学肥料も使わない農業を行ってきました。

酪農家の家に生まれ育った金子さんが、有機農業を始めたのは今から39年前の1971年のことでした。農業高校で畜産を学び、1968年に設立された農林水産省の農業者大学校に1期生として入学しました。1970年代初頭は水俣病など公害が問題になり始めていた頃で、『複合汚染』(有吉佐和子さん著)が朝日新聞の新聞小説覧に連載されたのは1974年のことでした。また、1970年は日本で"減反政策"が始まった年でもありました。金子さんは、この時、「農家はやる気を無くし、人々は米を大切にしなくなる」と思いました。

こうした中、安全でおいしいものを作るためには、化学肥料や農薬を使わず、自然の有機的な循環を活かして農業をすることだと思い至りました。そして、それまでも酪農の傍らで自給していた米と野菜を化学肥料や農薬を使わずに栽培し、直接消費者に届けよう、理解ある消費者と共に、有機農業による地産地消をすすめていこうと、一歩を踏み出したのです。

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変わり者が時代の主役に

しかし、当時は農薬を使わない農家は変わり者扱いされ、一人黙々と有機農業を続けるしかありませんでした。そして、支えてくれる消費者との出会いを重ね、生計が成り立つようになったのは8年後のこと。「日本有機農業研究会」で出会った友子さんと結婚しました。結婚式の主賓は、美登さん側が有吉佐和子さん、友子さん側が市川房枝さんでした。

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現在の「霜里農場」は、1.3haの農場の敷地内に畑、果樹園、母屋や納屋があり、百数十羽の鶏、合鴨、6頭の牛などが飼われています。四季を通じて多様な作物が栽培され、虫も益虫・害虫がバランス良く棲息し、牛や鶏、合鴨が鳴いています。そして近くに1.5haの田、1.7haの山林があります。

米、野菜、卵を定期的に40世帯の消費者に直接届けるという方法を取っています。その人たちに支えられ、また、その人たちの食を支えるという信頼関係がそこにあります。人とのつながりもまた有機的なのです。そして、金子さんは、「日本の食糧自給率を上げるには、このように農家が直接数十世帯の食を支えるような仕組みを作ることで可能だ。」と言います。

2006年12月に、日本でもようやく「有機農業推進法」が制定されました。変わり者の農業だった有機農業を、国として振興させていくという政策の転換です。有機農業の輪は各地に広がっています。そして、戦後60年かけて壊してきた自然や生態系、人と人との信頼などを、これからの10年、20年をかけて再生させる取組みでもあるのです。「自分たちで壊してきたのだから、そのプロセスの逆をすればいい。方法はわかっている。」と金子さんは言います。


有機の里が実現

金子さんが有機農業を始めて30年目の2001年、下里地区の16歳年上のリーダーが有機農業に転換したいと言ってきました。そこで、03年に大豆の集団栽培を、04年には小麦を、そして2007年には集落の大半の農家が有機米づくりに転換したのです。大豆は隣町の「とうふ工房わたなべ」が全量買い取っています。そして今年からお米についても大宮に本社があるリフォーム会社「オクタ」が社員のために全量買い取りをすることになりました。39年前に金子さんが一人で始めた有機農業でしたが、ようやく日本ではきわめて珍しい有機の里の実現が実現したのです。

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農家と市民が共同で運営するレストランもオープン

また、今年11月には地元で活動するNPO「生活工房つばさ・游」が「べりカフェ」( http://blog.goo.ne.jp/seikatukoubou_1953 )というレストランを開きました。農家と市民(女性が中心です)が一緒に運営にあたっています。農家は金子友子さんや、「風の丘ファーム」など、シェフは日替わりで料理やお菓子上手な主婦の方達が交代で務めています。水曜だけは近くのニュータウンで蕎麦屋を営むプロで、黒一点。いずれも、小川の野菜をふんだんに使ったメニューばかりです。特に土曜は「霜里農場」担当日ですが、TKG(たまごかけごはん)セット400円がお勧めです。飼料も全て自家製で平飼の鶏の産みたての卵。ご飯、お味噌汁の味噌、具の野菜、お醤油の原料ももちろん霜里農場製です。39年間、コツコツと、つくり続けられてきた"土"から育まれた野菜や卵の滋味をぜひ味わってみて下さい。

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私は今年1月の「霜里農場」見学会に参加しました。それ以来、毎月のように小川町に通い、ついには「霜里農場」の本まで書くことになり、取材を重ねているところです。30年来提携してきた消費者の方や、30年前から毎年預かってきた研修生、地元の豆腐店や酒造、さらに土壌の専門家や、有機農業運動を行ってきた人達などにお目にかかっています。いずれも、ジ~ンと来る話ばかりです。そして気持ちがジワ~っと温かくなりました。『複合汚染』まで遡って読み直してみたり・・・ ちょっと大げさですが、これからの農業そして、これからのしあわせについて、書きたいと意気込んでいます。

※この金子美登さんがNHK「プロフェッショナルの仕事の流儀」に2010年1月5日登場します。

※奇数月の第2土曜日、霜里農場見学会があります。次回は1月9日です。お申し込みは以下から。
 http://www.shimosato-farm.com/

「コウノトリ育む農法」で作られた米、大豆で農商工連携。地域の魅力を育む

「豊岡エキシビション」というイベントが、11月10日に都内で開かれました。兵庫県豊岡市のPRイベントです。豊岡は兵庫県といっても、日本海側で、京都との県境に位置する人口8.6万人の町です。イベントには中貝市長以下、市役所や兵庫県の職員、農家、漁業、温泉などの関係者が参加し、その取組みを熱心にアピールされました。コウノトリ育む農法で作られたお酒などをはじめ、城崎温泉や、地元の産業を、東京のメディア・旅行業・小売業関係者に改めて紹介し、関東圏からも人を呼び込みたいというのです。

豊岡市は、飛行機では羽田→伊丹→コウノトリ但馬空港というルートで約2.5時間。列車では新幹線で京都、京都から特急で豊岡と約5時間で行くことができます。

中貝市長のスピーチで、まず印象的だったのは、「人口減少時代に地域が生き残るに必要なのは
1. 魅力的なまちをつくる
2. 基盤をつくる
3. 情報発信」
だということでした。

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豊岡市の魅力をアピールする中貝市長

その魅力的なまちづくりとして同市では、コウノトリの復活を何十年もかけて成し遂げたわけです。
※コウノトリ復活のストーリーは8月のレポートをご覧下さい。
http://soratsuchi.com/owada/2009/08/post-6.html

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昭和30年代のコウノトリのいる風景


コウノトリを見るために全国から(特に関西圏から)年間40万人を超える人がやってきます。まずは、この交流人口の増加という効果をもたらしました。

そして、コウノトリ育む農法で作られたお米や、それを原料にしたお酒、加工食品を作りました。地元の酒造が中心ですが、中には金沢の福光屋なども「コウノトリの贈り物」というお酒を造っています。国内で唯一、豊岡市出石町でとれる酒米「フクノハナ」を原料としています。お酒のラベルも赤い円に、コウノトリをあしらったデザインで、お祝い事にはぴったりな感じです。
http://www.fukumitsuya.co.jp/topics/kounotori/

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「コウノトリの贈り物」(福光屋)

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お米だけでなく大豆も色々加工ができます。大阪に本社のある外食チェーンの「がんこ寿司」では、今年から「がんこ寿司の大豆畑」を契約し、黒大豆で豆腐を作り、売店「コウノトリ本舗」での販売や、「がんこ寿司」のメニューとして販売しています。共感の輪が広がっているのですね。

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また、豊岡市で宿泊するなら城崎温泉がお勧めだそうです。木造三階建ての建物が並ぶ温泉街ですが、大正14年の大震災で町が全焼したそうです。その後まちとして再建計画を練り、温泉街全体を一つの旅館と見立て、駅は玄関、道路は廊下、外湯(7つ)が大浴場、お土産店が売店、スナックも町中にというように、お客様が巡りやすいまちづくりを行いました。そぞろ歩きしたくなる温泉街として町は賑わい、ヨーロッパの人たちにも人気だと言います。城崎温泉の宿でも、コウノトリのお米やお酒が飲める宿が増えているそうです。地域の農産物が食材として使用される宿、農家民宿だけでなく、こうした一般の宿でも増えてきたのは何よりでは無いでしょうか。

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城崎温泉街(写真提供:豊岡市)

このように、豊岡市は、失われた大切なものを取り戻し、そして取り戻した大切なものを守り、育て、引き継ぐ地域づくりを進めているのです。今では子供達も、自分が住む町にコウノトリがいることを誇りにしています。給食にも使って欲しいと市長に直談判するほどです。

「空土プロジェクト」もそうですが、地方の農山村発、地域の農産物や特産品、地域にしかない自然・・・
都市より農山村が断然面白くなってきた、と思うのは私だけでしょうか!?

都市近郊の遊休農地を再生する「株式会社マイファーム」

「空と土プロジェクト」の活動拠点である北杜市須玉町増富地区は、典型的な"限界集落"です。私は、NPOえがおつなげて代表理事の曽根原さんから、限界集落の実態や、増富地区の農地の6割を占める遊休農地(耕作放棄地)を、いかにして再生させてきたのかという話を幾度となくお聞きするうちに、この問題に大きな関心を寄せるようになりました。

農業の現状を調べてみました。全国の農家数は2005年現在、約285万戸あり 、2000年の「農林業センサス」に比べ約27万戸(9.0%)減少しています。高齢化・過疎化が進み、限界集落も増えています。また、全国の耕地面積は約469万ヘクタールですが、耕作放棄地は約38.6万ヘクタールで、前回調査に比べて約4万ヘクタール(12.2%)増加しています。つまり、農家数、農業就業人口、耕作面積がどんどん減り、それにつれて耕作放棄地は増えるし、食糧自給率も下げ止まらないのが現状なんですね。
 
この耕作を放棄されている田畑ですが、地方の山村の限界集落にばかり存在するのではありません。実は、都市近郊にも、そうした田畑が多くあるのです。農家や農地の所有者は高齢や、他の仕事をしているなどの理由から耕作ができず、一方で都市近郊ですから、野菜を作りたいと思っている市民も周囲に数多くいます。貸したい人と、借りたい人がいるわけです。これらをマッチングして、耕作放棄地33ヘクタールを畑に再生させている会社があると知り、その代表取締役の西辻一真さんにお会いしました。

西辻さんは未だ27才という若さです。福井県の兼業農家の家に育ち、幼い頃から農作業を手伝っていたそうです。そして、将来、農業にかかわる仕事がしたいと思い、大学は農学部を専攻しました。社会に出て数年は企業で修業をしようと、広告代理店に入社しました。社内の事業提案で現在の"耕作放棄地と野菜づくりをしたい市民のマッチング事業"を提案したのですが、ビジネスモデルは面白いが、収益性が低いという理由で採用はされませんでした。そこで、やはり自分で起業して取り組もうと、独立を決意。2007年9月、若干25才で株式会社マイファームを創業しました。

「"自産自消"を志向する人が増えています。自分で野菜を作って、家族で食べる。そんな暮らし方です。何でもかんでもお店で買ってくる。工場や誰かが作ったモノを消費する、という暮し方は変だと思うんです。例え都市に生活していても、少しは自分達で作ることができるんじゃないか、そんな仕組みを提供したいと思いました。」と西辻さん。

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この看板が目印

京都にある同社の菜園「マイファーム宇治」に足を運んでみました。宇治茶で有名な宇治の住宅地の中に菜園はありました。マイファームの看板が目印です。隣は住宅と、茶畑と、野菜畑、そして宇治川というようなロケーションです。宇治茶がこんな町中で作られていたことには驚きました。2009年6月にオープンしたもので、50区画あります。うち半分を地元の企業が一括で利用しています。

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手前が菜園、奥に茶畑、住宅も隣接

現在関西を中心に、27か所、合計33haの農地を管理し、菜園を運営しています。仕組みとしては、耕作できない地主さんから土地の運営委託を受け、一方で、野菜を作りたい個人や企業にその場所を小分けにして貸し出すというものです。一区画は15㎡で、月の利用料は5,250円。ちなみに我が家では世田谷区の成城学園前にある「アグリス成城」という会員制の貸し菜園を借りて3年目になりますが、それに比べるとマイファームは広さは倍で、費用は半額です。

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休憩スペースも併設(「マイファーム久御山」)

菜園は、道具や肥料はマイファームが提供してくれます。また、立命館大学の協力を得て土壌診断を行い、足りない栄養素を有機肥料等で補います。苗や種は会員が持参します。農法は有機や自然農法など、インストラクターによって多少異なります。また、インストラクターは色々と指導してくれます。栽培法や質問にはEメールなどでもやりとりし、きめ細やかに面倒をみてくれるのです。

都市部にあっても、畑は暮らしに安らぎをもたらしてくれます。畑の近くを散歩していて、モンシロチョウが飛んでいたり、テントウムシがいたり、作物が日々大きくなる様子を見ると、なんだか楽しくなります。一方、都市部でも農家の高齢化は進んでいます。「マイファーム」のようなサービスがあることで、農地の緑や安らぎのある環境を維持できるとすれば、そして、少しでも"自産自消"な暮らしをする都市生活者が各地で増えていけば、消費偏重・物質依存な暮しが少しバランスを取り戻せるのではないでしょうか。

※マイファーム http://www.myfarm.co.jp/contents/about.html

"根のある暮らし"から始まる新しい文化・地域 -石見銀山「群言堂」(島根県大田市大森町)


去年出版した『ロハスビジネス』(朝日新書)は、ビジネス編と地域活性化編からなっているのですが、地域活性化の事例の一つとして紹介しているのが「群言堂」という島根県太田市大森町、石見銀山で有名なまちにある年商10億円ほどの会社です。松場大吉さん、登美さん夫妻が90人の社員と共に、オリジナルの服や雑貨の製作・販売を手がけていますが、その事業は、単なるモノの製造・販売ではなく、日本の生活文化や技を活かした暮らしの提案です。去年は、その本社や関連施設のある石見銀山に3回訪問する機会を得ました。

このたび、群言堂や松場登美さんのルポルタージュ『起業は山間から』(森まゆみ著 バジリコ社)と『群言堂の根のある暮らし』(松場登美著 家の光出版)という2冊の本が出版され、東京(上野桜木)の古い民家、市田邸で記念の会が開かれ、久々に松場登美さんにお会いすることができました。

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松場登美さん、森まゆみさん(09年9月)
 
「感謝の夜楽」と題された集いの会場には、地域づくりの研究者である西村先生や、元伊勢丹のカリスマバイヤーとして有名な藤巻さんから、坂田明さんら音楽家、日本文化研究の加藤エイミーさん、編集者やマスコミの方々など実に多彩な顔ぶれ。連休の最終日の晩にもかかわらず、登美さん、森まゆみさんゆかりの人々が約50人会しました。島根から運ばれた食材やお酒などを肴に、皆さまからのお話は遅くまで盛会でした。集い方にも質がある、とつくづく思った晩でした。

2冊の本が出版されたこの機会に改めて、「群言堂」、そして松場登美さんが考え、実践する"根のある暮らし"についてお伝えしたいと思います。

◆ 人口430人の小さな町のお店に年間10万人が訪れる

深く広がる緑の山あいに、赤茶色の屋根が連なる大森の集落があります。人口わずか430人ほどの町。日本最大の銀山だった石見銀山のある島根県大田市大森町。石見銀山遺跡とその文化的景観は、2007年7月、世界遺産に登録されました。銀山が活況を呈していた江戸時代には、20万人が住んでいたといい、銀山川に沿った街道には、今も武家屋敷や商家、神社などが点在し、江戸時代の面影が残っています。

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山あいの小さな集落(08年8月)

その大森町には世界遺産に登録される前から、国内のみならず世界各地から人が訪ねてきていました。同地で四半世紀を超え、土地の力や日本の田舎暮らしを起点としたモノづくりをし、独自の世界観を創り上げてきた松場登美さんという一人の女性とに会いに来るのです。「群言堂」と名付けられた、服飾雑貨とインテリアのブランドの本社と本店がこの町にあります。店には年間10万人が訪れ、全国の百貨店や専門店でも商品は販売されています。

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「群言堂」(08年12月)

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季節を楽しむ商品が並ぶ(08年12月)

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「群言堂」の中庭(08年8月)

1987年に、松場さんが最初にてがけたのは、地元の女性たちが作った和風パッチワークのポーチやエプロンを販売する一軒の店でした。しかしそこは単にモノを販売するのではなく、人の出会う場所を作ろうと、"コミュニケーションクラブ・ブラハウス"という看板を掲げたのでした。江戸後期、弘化4(1847)年に建てられた商家を入手し、1部屋だけ改装してオープンさせたものでした。その後、毎年一部屋ずつ改装し、18年かかって現在の姿まで再生させました。


◆ 復古創新。日本の田舎暮らしから生まれる「群言堂」のモノづくり

「日本人が生活で使ってきた道具は、本当に理にかなった使い方をしているものが多いですよね。かまどでご飯を炊くにしても、銅壺(どうこ)があってそこにお湯が沸くようになっていて、そこで洗い物もできてとか。随所にそんな知恵の詰まったものがありましたから、それらを残していきたいのです。」と登美さん。

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「阿部家」の台所。かまどで炊くご飯は格別(08年5月)

登美さんは、石見銀山での暮らし、田舎暮らしから発想し、日本の素材、技を活かしたモノづくりを全国各地の職人さんや工場に制作を依頼してきました。日本人の繊細さやモノづくりの感性を、少しでも受け継いでいきたいからだといいます。古いものを復元しつつ、新しい価値を付加し創造する"復古創新"が「群言堂」のモノづくりのコンセプトです。


◆ 建物の意志を尊重し、再び命を吹き込む

松場夫妻は、これまでに縁あって6つの古い武家屋敷や民家を買い取り再生してきました。必ずしも青写真や中期計画があったわけではありません。自らが望むというよりは、気が付くとなぜか自分たちが再生をてがけることになっていたといいます。石見銀山本店、「群言堂」(ろうそくの家と呼ばれる交流・イベントスペース)、かやぶき屋根の「鄙舎」(ひなや。本社敷地内にあり、イベントや社員の休憩室として利用)、ワークステーション(本社)、「竹下家」(古民家、社員寮)、そして築230年の武家屋敷である「他郷阿部家」の6軒。いずれも廃墟同然に傷んでいたものを、大幅に改築し、新しい命を吹きこみ、働く場、暮しの場として蘇えらせました。

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「群言堂」本社。かやぶきの家は社員休憩室!(08年5月)

「他郷阿部家」には、昨年、春、夏、冬と三回泊まらせていただきましたが、毎回、季節のうつろいやそれに合わせたしつらえが楽しませてくれます。食卓には旬の食材が並び、豊かなゆったりした時間を過ごすことができました。また、浴室もとびきりです。木製の浴槽は町内に住んでいた外国人アーティストによるもので、やや丸みを帯びています。和ろうそくをともしての入浴は初めての体験で、身体の芯から解放される感覚でした。寝室は蔵を改造した二階のベッドルームや和室など、いくつかから選ぶことができます。寝具や寝間着も群言堂オリジナルの、国産で上質なものです。靜かで深い眠りに誘われます。

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冬は干し柿(08年12月)

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庭先の季節の花を(08月12月) 

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浴室。和ろうそくの炎は大きい(08年5月)

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登美さん、大吉さんも加わって。遅くまで話が盛り上がる(08年12月)


ところで、登美さんは大吉さんとは"愛のさめない距離!?"で町内別居をしています。登美さんは阿部家に住み、かまどでご飯を炊き、庭先の季節の野草を食材にするなど、"根のある暮らし"を実践しています。阿部家には紹介があれば泊まることができますが、単なる宿泊業だとか飲食業だとかいう位置づけではなく、縁のあった人の実家づくり、故郷づくり、田舎づくりをこの家を使って行いたい、都会から失われてしまったものを阿倍家を通じて伝えていきたいとおっしゃいます。

登美さんは、来訪者や若いスタッフに"根のある暮らし"をつないでいきたいと。根のある暮らしとは、地域に根ざした暮らしです。根が深く広く伸びているからこそ、樹木も何百年と青々と茂り続けることができるのですね。


※群言堂ホームページ http://www.gungendo.co.jp/
   

都市と農山村をつなぐ 空と土プロジェクト
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プロフィール

大和田順子さん

LOHASビジネスプロデューサー/
LBA(ロハスビジネスアライアンス)共同代表/
NPO環境立国 理事

東急百貨店、東急総合研究所、ザ・ボディショップ、イースクエア等を経て2006年4月に独立。
低炭素で持続可能な社会の実現に向け、人・地域・地球の健康を指向する新しい価値観LOHAS(ロハス)の考えに基づき、講演・研修や執筆、コンサルティング、NPO活動を通じて、ライフスタイル・ビジネス・社会の変革に情熱を注いでいます。

LOHAS & Sustainable Style

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